『心の交歓室』2010年6月のダイジェスト

今日のおやつは?

 月の半分はおやつを手作りしてくれている当園のT調理員、今日のおやつは菜園で採れた新キャベツの蒸し焼き。このキャベツはM子ちゃんのおばあさんが植え、育ててくださいました。

新鮮なキャベツをホットプレートに乗せ蓋をして待つこと数分、シナシナに茹で上がりました。小皿に取り分け、マヨネーズ、自家製ドレッシング、お好み焼きソース、塩コショーなど、好みの味付けで「いただっきまーす!」。新キャベツの甘さが口いっぱいに拡がり、そのおいしさを噛みしめていました。全員がおかわり、よほどおいしかったんでしょうね。

何の変哲も無いようなメニューですが、子どもたちにとっても新鮮な驚きだったようです。T調理員の手作りおやつ、給食メニューの様々な工夫には頭が下がります。そのままが立派な『食育』になっています。子どもたち、しあわせ!!!

 

あきびんご先生と絵を描こう―安曇野ちひろ美術館訪問ツアー

 先週になって天候はやっと安定していたし天気予報も晴だったのに、週末5日(土)は未明からテキスト ボックス:  雷雨。それでもインターネットで調べると松本地方は晴れ予報で一安心。ようやく雨が上がった7時半、マイクロバスとワゴン車、自家用車4台に分乗して総勢約50人は松川村の安曇野ちひろ美術館に向けて小泊を出発しました。途中道の駅『小谷』で小休止、白馬村あたりからようやく青空となりました。10時美術館到着、まずは美術館見学。お目当てはやはり『2000年代の日本の絵本』展、展示されている絵本約20冊を事前に目を通した上での見学ですから子どもたちも興味津々、「これ、読んだことある」、「このお話知ってるよ」「色がとってもきれい!」などと言いながら親子でじっくりと鑑賞できました。

 11時過ぎ、あき先生が美術館到着。美術館の広い庭園に集まってのご対面。この頃から気温テキスト ボックス:  もぐんぐん上昇して、ご一緒にお弁当をひろげる頃には汗ばむほどの陽気となりました。あき先生のお弁当は、当園の冨田調理員が作った特製弁当、地元山海の食材だけという気の使いようはさすが、あき先生も満足げでした。

 食後、いよいよ絵を描く時間です。美術館の中庭に全員集まり、あき先生の お話を聞きます。持参したホワイトTシャツの胸の部分にアクリル絵の具でそれぞれ自由に絵を描きます。それにあき先生が少し手を加えることで整え、名前を書き込み、先生のサインが入って1丁でき上がり!子どもたちはかなり大胆に、そして大らかに描いていましたが、複数の大人たち、先生の元に作品を持っていくと「修復不可能」などと言われていましたね。大人になるにつれて頭が固く、発想が貧テキスト ボックス:  弱になっていくのでしょうか?それでも先生がちょっと手を加えることで絵が見違えるほど活き活きと変容していくのを目の当たりにして、我々とは別次元の芸術家の凄さというものを感じました。そして炎天下で2時間弱、40数枚の絵を描き切る集中力と体力にも驚嘆です。更にこの前後にも美術館スタッフ、見学者、我々のために、買い求めたグッズなどに多数描き続けておられたのですよ。

 作業終了後「午後2時20分駐車場集合」と一同に告げると、あき先生、お疲れのところわざわざその時刻に駐車場まで出向いて私どもを見送ってくださいました。こんなところにも先生のお人柄が偲ばれます。

 素晴らしいお土産の作品と数々の思い出、幾分の日焼けとともに小泊に帰着したのは、当初の予定通り午後5時でした。子どもたちも大人も他では絶対に体験できない充実した素晴らしい一日だったと思います。あきびんご先生、本当に本当にありがとうございました!!!

 

さだまさしニューアルバム『予感』

 10日(木)午後、予約していたさだまさしのニューアルバム『予感』やっと届いた(アマゾンだと発売日に届くのにね)。アルバムのタイトルになっている最後の曲『予感』、こんなに切なくやさしい詩曲を書き、歌うさだまさしというアーティストの大きさを思う。最新の小説のタイトルと同じ『片恋』、小説のストーリーとは全く異なるシテュエーションながら聴かせる。

 さだの親友・おぐらひろかずの描いたジャケットも美しい。「僕は美しく、温かい彼の絵が好きだ。あるとき一緒に酒を呑みながら『おテキスト ボックス:  前の絵が好きだ』という僕へ、おぐらひろかずはニヤリと笑ってこう答えた。『そりゃそうだろう。俺はお前の歌を聴きながら絵を描いてきたんだから』と。今回は彼の絵をゆっくりと眺めながら僕が歌を書いた」(ライナーノートより)、いいなぁ……。

 鎌田實先生のブログ『日刊:鎌田實 なげださない』 http://kamata-minoru.cocolog-nifty.com/ にも『予感』に触れている文章があった。

<昨夜、さだまさしさんからもらった『予感』を聴く。出だしの「片恋」がいい。「私は犬に叱られた」笑ってしまった。勝手に犬死なんていわせない、という。まさしさん流の世界が広がる。笑いながら聴いた。「予感」「季節が変わるように静かに押し寄せる波が、しみるように、あなたで満たされている予感」美しい出だしである。静かな音楽にのって、ささやくように語られると、なんか幸せの予感がする。こうやってたくさんの曲を作り出し、人の背中を押してあげる。なんともすごい人だと思う。そこらじゅうに気配りをして、次々にアルバムを出す。あふれるような好奇心が、彼の心をつき動かしているのだろう。原田泰治さんの古希のお祝いでは、実行委員会の副委員長を務めた。泰治さんは人を大事にする。その泰治さんの絵にあこがれたさだまさしさんも、人を大事にする。新しいアルバム「予感」を聴きながら、なんだかおもしろいつながりだなと思った。>

5月の「まさしんぐわーるどコンサート」で『その橋を渡る時』と『私は犬に叱られた』の2曲は聴けたが、7月11日(日)の長野でのコンサートツアーが待ち遠しい、何かが始まりそうな『予感』。

木浦 ( このうら ) 保育園黄組との交流会−すもう夏場所初日

 今年度たったひとりの5歳児(よく年長児という言い方をしますが、これは幼稚園流の呼び方でしょう)・黄組のS君、黄組になって初めて木浦保育園に出かけました。引率は園長のぼくです。4歳児・青組の時には当時の黄組さんに交じって何度か訪問してはいましたし、5月13日には汐路保育園で今年度の黄組さんとの対面してはいましたが、いざひとりで行くとなるとかなりの緊張感もあったのでしょう、15日朝当園してきても何となく元気がありません。当日の天気は夜の雨も上がって晴れ!「雨が降らなければ自転車で行こうね」と言っていたので8時半青・赤組さんに見送られながら保育園を出発、4.5キロ先の木浦保育園を目指しました。

 お昼寝のない黄組のS君、この4月から給食後の1〜2時間は園長のぼくと過ごしています。そのためお家の人から自転車を買ってもらい練習することにしたところ、即日乗れるようになり、その後はお天気のいい日にはあちこちと出かけ、距離もどんどん伸びて今では最高名立駅往復の21キロを2時間ほどかけて走破しています。

 約20分で到着、S君の姿を見つけた木浦保育園の黄組さんはちゃんと覚えてくれていて、「S君が来たよ!」と出迎えてくれました。そして保育室に入ったものの今ひとつ元気が出ない、自己紹介の声も蚊の鳴くような小さな声、練習のときの動きもぎこちない!そりゃそうでしょう、全く違う環境に放り込まれ テキスト ボックス:  たときのプレッシャーは大人だって大変です。それでも応援の藤沢先生の顔を見つけ、本番で1勝した頃から顔に笑顔が浮かぶようになり、そしてその後のバナナ鬼、給食の時にはいつものS君に戻って木浦保育園のお友だちとすっかり打ち解けていました。12時半、「明日はあきびんごさんのTシャツを着て、絵本の『はしれ、きかんしゃ ちからあし』と『おかあさん、げんきですか。』の2冊を持ってくる」ことを約束して別れを告げ、汐路保育園には1時前に帰着しました。一皮剥けたかな?

 そうそう、S君の四股名は自分で考えた『ゆうきりゅう』、「勇気龍」のイメージでしょう、いかにも強そうですね。

 

法語ポスターの言葉選び

 高田教区教化委員会でぼくは社会教化部門に属し、その中で視聴覚伝道部門を担当しています。その主な仕事は、テレホン法話の話者の人選、そして今回の法語ポスターの言葉選びです。真宗大谷派の年度は7月1日から翌年6月末までなので、この時期仕事がどうしても集中します。

 4月には教区内全寺院に法語募集をお知らせしましたが募集は無く、5月末の部門会議で委員がそれぞれ幾つかの法語を選び、その中から担当委員で選定するという方法になりました。その会議が昨15日に開催されたというわけです。

 ぼく自身のを含め9名の委員が選んだ言葉たちが短いコメントと共に既に届いていました。会議に集まったのは3人、これらの中から3つを選ぶ作業に取り掛かりました。先ずは9名が法語として選んだ言葉を列挙してみましょう。

*「人間の非人間化を許さないのが念仏である」(藤戸秀庸)

廣瀬杲師の教えを忠実に受け継いだ藤戸師ならではの決めぜりふ。

*「往生とは自分で自分を決めないことです」(金子大栄)

「自分の限界なんて、自分で決めるものじゃないと思う」(さだまさし)という言葉もあります。

*「誰かを救うために 生まれてきたんだよ そのために今まで 救われてきたんだ」(さだまさし)

法然上人八百年御遠忌のイメージソング「いのちの理由」の中心テーマ。

*「ゆるすということはむずかしいが、もしゆるすとなったら限度はない ここまではゆるすが、ここから先はゆるせないということがあれば、それは初めからゆるしていないのだ」(山本周五郎『ちくしょう谷』)

「許されるつもりで謝るのか、許されない覚悟で謝るのか」(東京教区・西蓮寺ブログ)というコメントを見つけました。

*「なぜかわからないけれど 土の中から生まれたものはみんなきれい」(星野富弘『種蒔きもせず』)

「美しくは生きられないけれど 美しいものといっぱい逢いたい」(同書)という言葉も見つけた。星野さんならではの詩句に心打たれる。

*「和尚、地獄とは?」、「地獄か。地獄とは、帰るところのない人生じゃ」(禅古則)

「地獄とは一人ぼっちのこと」と言った友人がいた。「お帰りなさい」と迎えてくれる人がいない家に帰るのはつらい。

*「無明長夜の燈炬なり 智眼くらしとかなしむな 生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ」

*「願力無窮にましませば 罪業深重もおもからず 佛智無邊にましませば 散亂放逸もすてられず」

(親鸞聖人)

 以上がぼくの選んだ8句です。以下8名分、コメントは省略します。

*「真実の自己に目覚め得ずして、本当の自己を知る人はなし」(善導の機の 深信 ( じんしん ) )、「阿弥陀仏を疑いなく ( おもんばか ) りなく、願力に乗じて、定んで往生を ( ) と信ず」(善導の法の深信)、「本願の感得、それは迷い苦しみ孤独と虚しさの中からの救済である」

*「人々の迷いにかぎりがないから、仏のはたらきにも限りがない」(法華経如来 寿量品 ( じゅりょうほん ) )、「敬虔な人々の期待している最高の報酬は、一種の狂気に他ならない」(エラスムス『痴愚神礼賛』)、「おまえを<悼む人>にしたものは、この世界にあふれる死者を忘れ去っていくことへの罪悪感だ」(天童荒太『悼む人』

*「智者のふるまいをせずして、ただ一向に念仏すべし」(源空『一枚起請文』)、「わがいのちすなわち無量なり」(『 安心決定鈔 ( あんじんけつじょうしょう ) 』)、「人は必ず死ぬのだから いのちのバトンタッチがあるのです」(青木新門『いのちのバトンタッチ』)

*「いのちを売ったらあかん 自分を売ったらあかん」(岡部伊都子『みほとけ・ひと・いのち』)

*「『そのかごを水につけよ』と。わが身をば法にひてておくべきよし」「『仏法には明日と申す事、あるまじく候う。仏法の事は、いそげ、いそげ』と、仰せられたり」(蓮如『御一代記聞書』)

「仏恩を一同にうれば、信心一致のうえは四海みな兄弟」(蓮如『御一代記聞書』)、「きちんと別れる子とができれば、死もまたやさしい」(日野原重明『生きかた上手』)

テキスト ボックス:  *「仏法を句作に学び、仏法を句作に学ぶ」(堀前小木寃)、「願いを持って生きておるというところに人間としてのいのちがある」(宮城)、「何もかも身にすぎたことばかり ナムアミダブツ ナムアミダブツ」(鈴木章子)

*「 ( あした ) に道を聞けば ( ゆうべ ) に死すとも ( ) なり」(孔子)、「つまづいたら休めばいい。遅れてもでなおせばいい」(三浦雄一郎)、「私のわがままは当たり前!!他人のわがままは許せない!!」「人を見る眼で自分が見えず、人に聞かせてわが身は聞かぬ」(出典不明)

 この中から3名各々3句ずつ選び、それら(2人が同時に選んだ句もありました)を更に絞り込んで3句を選定しました。ぼくは星野さんの言葉を強く強く押したのですが……。選ばれた3句、さぁどれでしょうか?もし皆さんだったらどれを選びますか?

木浦 ( このうら ) 保育園黄組との交流会−すもう夏場所2日目

 木浦保育園の相撲は4日間続きます。初日ちょっと元気の出なかったS君、初めは2日目の参加を躊躇していましたが、前日の帰り際木浦保育園の黄組さんや先生たちに励まされてようやく参加する気持ちになりました。

 16日は朝から雨、「雨が降ったら傘を差して歩いて行くんだ!」と言っていたものの当日になったら「やっぱり車で行きたい」、内心ぼくもホッとしました。S君はあきびんごさんと絵を描いたTシャツを着、約束の絵本2冊を持ち、ぼくはあきさんから象さんを描いてもらったポロシャツを9時過ぎ木浦保育園に向かいました。

テキスト ボックス:   着いてからの様子は前日とは大違い、お互い打ち解けていましたし、すもうが始まっての四股名の名のりも堂々としていました。勝負は2番とも負けましたが、かなりの力ずもう、次に期待がかかります。

取り組みが終わって子どもたち対担任、子どもたち対園長で勝負した後、保育室に戻って着替え、持参した絵本『おかあさん、げんきですか。』を読み、再びお遊戯場で『バナナ鬼』、そして食事を共にして、午睡前に『はしれ、きかんしゃ ちからあし』を読むなど、目いっぱい交流することができました。「3日目をお休みして、18日の千秋楽にはまた来るね」と約束してお別れしました。自分の考えをしっかり相手に伝えることができるS君、ステキですね。木浦保育園の子どもたち、玄関先で車が見えなくなるまで見送ってくれていたのが印象的でした。

汐路保育園に戻ったS君、やはり心身ともに疲れたか、珍しくお昼寝の床に就きました。

 

最近手にした本から その11

 5月下旬から6月にかけて手にした本を紹介します(ジャンル・順不同)。

一部、購入の動機、読後感を記してあります。併せ僕の偏見による僕だけの評価も記号で表示します。反論、共感、伝えてくだされば幸いです。また、今回から出版年月と出版社も可能な限り併記します。

◎ とてもいい本。この本に出会えてよかった!オススメです。

○ 趣味が合致したら、機会を見つけて一度は目に通してはいかが?+・−度も加えています。

テキスト ボックス:  △ 偶然目にして、時間とお金があったら手にしてみてもいいかな?って程度。

× 時間とお金と、そして資源のムダ

◎ 星野富弘 『種蒔きもせず』(詩画とエッセイ集−2010.5偕成社)―著者久しぶりの詩画集。色彩感覚、言語感覚、共に円熟への道を感じさせる。そしてユーモア感覚にも。書名はマタイ福音書より。

△ 高千穂遥  『ヒルクライマー宣言』(自転車エッセイ−2010.6小学館)―小説『ヒルクライマー』の作者が書いた書の副題は『自転車で山に登る人』、ロードレーサー初心者向けで決して一般向けではない。でも彼の50歳からのリアル体験は成人病予備軍には参考になるかも。でも強靭な意思力を要すると思うよ。

( )  釈徹宗  『ゼロからの宗教の授業』(宗教概論−2090.12東京書籍)―著者の言葉で本書の目的を語ると「宗教的言説によって、現代人の賢しらな合理性を(ナナメの位置から)揺さ振ろうとたくらんでいる」ので、漫画アリ、映画論アリと、まぁ自由気ままに読めるところがなんとも取っ付きやすい。でも著者のとてつもない博識に支えられているからして、一読得るものは多いはず。

( )  落合恵子  『絵本処方箋』(絵本ガイドエッセイ―2010.5朝日新聞出版)―73冊の絵本に寄せるエッセイ集。1冊ごとに症状別効能が述べられていて「うんうん」と頷けるものが多い。曰く「自分の弱さに腹が立ったら―『モチモチの木』」、「自分を裏切りたくなかったら―『にいさん』」、「悲しみと向かい合っていたら―『だいじょうぶだよ、ぞうさん』」等など。

( )  内田麟太郎・文、味戸ケイコ・絵  『かあさんから 生まれたんだよ(絵本−2007.2PHP研究所 テキスト ボックス:  ―以下4冊は上掲『絵本処方箋』を読んだ保育者たちのリクエストに答えて購入した絵本です。「『かあさんが恋しかったら』−『かあさん』が元気なかたも、あるいはわたしのように既に見送ったものも、誰の心にもいる『かあさん』と『再会』するための一冊」です(『絵本処方箋』3638ページ)。

( )  A.ダッド・文、E.クエイ・絵、落合恵子・訳  『おやすみ、ぼく』(絵本−2009.4クレヨンハウス)―「『やさしい自分と再会したかったら』−ああ、この本ともっと前に出会っていたら、母のひざや母の足や母の手、ひとつひとつに照れずに触れながら夜ごと『おやすみ』が言えたのに……」(同書186188ページ)。

( )  いせひでこ  『雲のてんらん会』(絵本−2004.5講談社)―「『一日の終わりに』−水彩やパステルを駆使して描かれた雲の、空の、なんと美しく、なんと豊かなことだろう。(中略)さまざまな雲の形と空の表情が美しく描かれている。それぞれに添えられた短い詩も、また味わい深い。(中略)《空からとどいたばら色の手紙。明日も会えるね》」(同書210212ページ)。

◎ M.ワイルド・文、R.ブルックス・絵、今村葦子・訳  『ぶたばあちゃん』(絵本−1995.9あすなろ書房)―「『死という文字を前に、立ちすくんだなら』−その夜、孫むすめはベッドの中のばあちゃんに言った………今夜は、《あたしが、ばあちゃんのそばにいて、ばあちゃんを、ぎゅっと、だきしめていたいの。いい?》。原題は『OLD PIG』」(同書213215ページ)。

 

辻井伸行 × U.アシュケナージ × OEK

テキスト ボックス:   この3者の組み合わせ、奇跡としか言いようがありません!「アシュケナージ氏が6年ぶりに来館します。ピアニストとしてではなく、指揮者として。温厚かつ端正な氏が競演するのは、昨年社会現象にまでなった辻井伸行さんと、緻密で優しい音創りで定評の高いオーケストラ・アンサンブル金沢。奇跡のようなステージが繰り広げられることでしょう」(ザ・シンフォニーホール情報誌「Sinfonia」より)。発売2日目にたまたまOEKのHPで知りすぐ手配しましたが、即日完売とのこと。そりゃそうでしょう、海外からだって聴きに来たくなるような内容だもの。いろいろ手配してようやく2枚チケットを手に入れることができました。

19日(土)、大阪市のザ・シンフォニーホール午後3時開演。初めて踏み入れたホール、実にいい。座席はステージ後方のパイプオルガン席、だから指揮者はほぼ正面から、ピアニストも手の動きは見えないものの表情は身近に見ることができます。

 曲目はメンデルスゾーン「弦楽八重奏曲編ホ長調Op.20」(弦楽合奏版)、ショパン「ピアノ協奏曲第1番ホ短調Op.11」、ベートーベン「交響曲第4番変ロ長調Op.60」、これまた玄人にも素人にも受けるよくできたプログラム!

 演奏?アシュケナージの指揮振りは要所を締めつつも伸びやか、オケがよく歌ってましたね。メンバーが楽しんで演奏している様子が伝わってきました。アシュケナージに手を引かれて登場した辻井のピアノは衒いもなく表情豊か、さすがヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールの優勝者だけのことはあります。協奏曲を弾き終わってのアンコール、ノクターンとスケルツォの演奏中アシュケナージが指揮台に座り込んで指で鍵盤をなぞるようにしながら聴いていたのが印象的でした、まるでおじいちゃんが孫を心配しているかのようで。カーテンコールでもオルガン席に向かっても挨拶するように促している姿も微笑ましいものでした。

隣席の長男・信、クラシック音楽にそれほど関心が深いわけではないけど、彼なりに音楽を楽しんでいる様子が伝わってきました。今までのぼくの音楽体験の中でも最上のひとつ、充実した演奏会でした。

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