出 遇 い と 私
老 野 生 淳 一
わが人生を真に楽しませることをせず、久しく心のそこにわだかまっていた疑団は、恩師との離別を縁として「法然上人との死別」の意義を説く廣瀬先生の言葉に氷解し、「汝を救わずば正覚を取らじ」との如来の無限の慈悲は、「無有代者(代わる者あることなし)」「無誰代者(誰も代わる者なし)」的存在としての人間の孤独のかなしみをつき破って、ことばそのままに個々人の独尊性を表現するものとして現成したのである。
廣瀬師、聞光学舎との出遇いに至るまでの30年間、ずいぶんと遠回りをしたように思ったこともある。もっと早くに如来の直道に参入する方法があったのではなかったかと。しかしこの出遇いを獲るまでのわが人生における無数の出遇いの中、どれ1つが欠けていても今の私が存在しないことを思うと、はるかな遠回りをしたかのようであるが、私の30年の歩みこそが最短距離であって、無駄なものは何1つなかったと断言できるのである。実に如来のおはたらきには1点の無駄もないのである。南無阿弥陀仏。
如来は無数の衆生を通して、私を護り、育て、「汝、起て」と喚び続けてくださる。この喚び声に応えることなくして何の人生の意義があろうか。私は廣瀬師との出遇いを通して私自身と出遇うことを得た。私は私自身となった。
(1982年7月「聞光」第23号所載)