出 遇 い と 私

                                     老 野 生 淳 一

  友人のF氏に誘われ、聞光学舎の研修会に出席したのははや4年も前のことになる。すでにその前年、すなわち私の30才の冬、廣瀬杲(ひろせたかし)先生にお目にかかる機会を得、『大経』第18願成就文「至心回向」を「至心に回向せしめたまへり」と訓点された親鸞聖人の他力真宗の世界に触れることのできた私は、最初に出席したその研修会において「唯除五逆誹謗正法(ただ五逆と正法を誹謗する者を除く)」の文を感涙をもって深く肯く事ができたのであった。     

  わが人生を真に楽しませることをせず、久しく心のそこにわだかまっていた疑団は、恩師との離別を縁として「法然上人との死別」の意義を説く廣瀬先生の言葉に氷解し、「汝を救わずば正覚を取らじ」との如来の無限の慈悲は、「無有代者(代わる者あることなし)」「無誰代者(誰も代わる者なし)」的存在としての人間の孤独のかなしみをつき破って、ことばそのままに個々人の独尊性を表現するものとして現成したのである。

  今、私は出会いの不思議さを思わずに入られない。もしあの時廣瀬先生に出遇うことがなければ、真実を求めるかの如くして虚仮のわが身に虚構を積み重ね続けていったであろうし、F氏の誘いを通して聞光学舎との出遇いがなければ、わが分限を忘失し、如来の領分を侵し続けんとする自己に気づくことなく他者の上に君臨せんとしていたことであろう。  

廣瀬師、聞光学舎との出遇いに至るまでの30年間、ずいぶんと遠回りをしたように思ったこともある。もっと早くに如来の直道に参入する方法があったのではなかったかと。しかしこの出遇いを獲るまでのわが人生における無数の出遇いの中、どれ1つが欠けていても今の私が存在しないことを思うと、はるかな遠回りをしたかのようであるが、私の30年の歩みこそが最短距離であって、無駄なものは何1つなかったと断言できるのである。実に如来のおはたらきには1点の無駄もないのである。南無阿弥陀仏。

如来は無数の衆生を通して、私を護り、育て、「汝、起て」と喚び続けてくださる。この喚び声に応えることなくして何の人生の意義があろうか。私は廣瀬師との出遇いを通して私自身と出遇うことを得た。私は私自身となった。 しかし古い着物への執着は止みがたく、否、ますますつのり、真実の喚び声には耳をふさぎがちである。真実の喚び声とは、時代の、底辺からのうめきであろうか。わが立つべき大地はそこを離れてありえぬというのに、今の私は・・・・・・。わが人生は始まったばかりである。

(1982年7月「聞光」第23号所載)

T O P 安専寺からのメッセージ