な ぜ、専 修 学 院 で 一 年 間、学 ぼ う と す る の か
磯 貝 誉
私が「なぜ、専修学院で一年間学ぼうとするのか」という題をいただいて、答えるならば率直に「僧侶の資格をとるため」と答えます。
私が、中学に入学して間もなく、お寺へ週に一、二回行くことになりました。
その数年前、お手継ぎ寺の安専寺若院(当時。現住職)さんが東京から両養子で来られ、その若院さんが有名私立大学を卒業しているというので、村の中学生たちの勉強を見てもらおうと門徒の親や世話方さんたちが頼み込んで開いた塾です。
数学と英語の二教科でした。月の始めは本堂にて正信偈、同朋奉讃を同級生たちと何も考えずにあげていました。
そうして徐々に中学生の私が今まで何も知らなかったお寺や親鸞聖人へ触れていくきっかけとなりました。
いつしか勉強そっちのけで浄土真宗とか仏教、当時はそんな専門用語は使っていたか忘れてしまいましたが、様々な社会問題や事件などを通して先生である若院さんと話をしました。
決定的だった一つの事柄は「君たちはそろって高校へ行くというが、なぜ高校に行くのか聞かせてくれ」と質問を受け、「皆行くから」とか「高校を出ていないと一人前扱いされないから」といった常識みたいなもので片付けようとしていた卒業間近の私たちに、「そういう生き方は人間としてでない生き方なのだ。親鸞聖人という方は、人間が生活していくということはそういうことでない、常識や世間体などが中心となることではないのだ」と時間をかけてゆっくり話してくれました。
そしてその「質問」の答えは出ないまま、私たちは高校に入学しました。でもお寺にはよく顔を出していました。友だち、先輩たちと行ったり、一人で行くことも多くなり始めた頃、住職に色々な所に連れていかれました。講演会や音楽鑑賞等は今まで何回連れられて行ったか分かりません。
その中でも高校一年か二年の冬、京都であった、廣瀬杲先生の聞法会に泊りがけで聞きに行ったことが決定的でした。今でもその一言から出発していきたいと思っている言葉に遇いました。
そのとき先生は全員に向かって「あなた方は人間ですか。いや、私たちは人間として生きていますか」という一言です。そのたった一言だけが印象に残り、その時の私全体がその一言に掴まれたような感じでした。京都からの帰りの道中六時間、ついに住職と二人一言も口が聞けなかったことを思い出します。
打ちのめされた一言でもありましたが、反対に何か励ましを受けたような明るい気持ちにもなりました。言葉に励まされたことはその後二つ程あります。一つは私の親友の中村宏くんが自分の結婚式に当たって仲人をつとめた安専寺住職に書いた履歴(披露宴で住職が新郎新婦を紹介するため予め書かせた)の中にあった「私のモットー」という項目に「楽しく、楽をして、幸せになる」、こう書いて来たそうです。それまでの彼の人生をここで書き表すには用紙が足りなくなってしまいますが、はっきりと言えることは彼の人生は決して怠けて誰かや、物を当てにするとかではなく、「幸せ」を実感した時、それは「楽」であり「楽しい」ことだった自分に気づいたのでしょう。そしてそれは、自分一人ではできないことなのだと。この親友も今、安専寺に集う住職の良き友の一人です。
そしてもう一つの言葉とは、私が三十歳になり東京での一人暮らしから実家へ帰ってからの一年間、安専寺の曟朝に殆ど毎日のようにお参りしていた頃です。勤行のあと、住職と一緒に聖句(総序の一部)を拝読し、その後約二十分から三十分間の法話がありました。
毎日きちっと法話をしていただいたことは、現在の私の真宗に対する大きな部分になっていると思われます。
そのとき聞いた一言とは「仏陀が私たちに何を願われたか、もし簡単に三つの言葉に集約したならば、一つ、自分のことは自分でする。二つ、人の所為(せい)にしない。三つ、言い訳しない、この三つ」と。何か自力聖道に聞こえるかもしれません。がしかし、ぜんぜんそうでないことは、一つ一つの文字を追えば分かると思います。「自分のことは自分でやる」とは、自身のことは自分勝手に生きることではなく、今の自分を引き受けていくのはやはり自分自身なのだという事実のことではないでしょうか。責任という言葉についても同じことが言えるのではないでしょうか。次に、「自分自身が生きていくことは誰の所為にもしてはならない」とは、例えば「あの人が悪いから」、「あいつさえいなければ」ということでもなければ、誰かのためや、自分一人の為だけの生き方でもないことです。そしてこれまでの自分の生き方が言い訳を全面に出した生き方だった、と本当の本気になって気付いた時に、しっかりと生きていくことができるのではないでしょうか。住職はその時私に解説はしてくれませんでした。今、私が勝手にそう思っているだけかもしれません。
廣瀬先生、親友中村君、そして安専寺住職老野生淳一師の三人から聞いたことは直接親鸞聖人の語りかけと結ぶと私は思います。
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そしてもし結ぶとしたら、それこそ私という一点ではないかと思っています。そしてそのことをよく深め、多くの人たちと出会った時、そのことから話し合っていきたいのです。しかしその3人や言葉に出会った感動のようなものにいつまでも浸らずに生きたいとも思っています。
簡単ではありますが、以上の理由で僧侶という生き方を必然的に選びました。職業としてではなく、あくまでも生き方です。 お三方だけでなく多くの人たちが今回、このことについて私を後押ししてくれました。しかし、僧侶になると選んだのはあくまでも自分自身です。
今まで聞いてきた真宗の教えが一体私にどう働いたかを専修学院で思い切りぶつけてみたいのです。ぶつかって粉々に砕けてもいいのです。
了
(2000/5/1発行・大谷専修学院機関紙「青草」第162号)