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  汐路保育園

 

 老野生 淳一 (おいのしょう じゅんいち)
 法名: 釈 教 淳

 1947年4月9日大阪府豊中市にて出生、61才。
 高校時代より聖書に親しみ、教会に通う。
 大学卒業後、某都市銀行に就職する。その間受洗しキリスト者となるものの、キリスト教に対する疑問(ユダの救い)が消えず約3年で退職、歎異抄を手に近所の浄土真宗の寺に押し掛け弟子となる。寺務を手伝いながら得度、夜学の東京専修学院に1年間通い、住職資格を取得する。

 その後、都内の大谷派の寺院の役僧を勤めるが、思うところあって心身障害者更生施設に就職、生活指導員として勤務する。

 その頃結婚。同時にかつて勤めていた寺院の住職より安専寺養子縁組の話があり、1975年、妻、長女とともに入寺、老野生姓となる。

 友人より廣瀬杲先生(当時大谷大学教授)を紹介され、京都聞光学舎に通う。同じ頃、教学研修所東京分室の研修員として、廣瀬先生の講義を連続して聴講する機会を得る。
 1978年1月、大経18願成就文「至心回向」を「至心に回向せしめたまへり」と訓点された親鸞聖人の他力真宗の世界に触れる。
 翌年1月、師・法然上人との死別を「遺教」として語る廣瀬先生の講義を聴講。大経18願文並びに成就文の「唯除(ただ除く)五逆誹謗正法」の意趣に深く頷き、永年の
疑念が氷解する、時に31才。

 1980年、社会福祉法人専修会汐路保育園園長に就任。

 1989年、坂澤山安専寺第20世住職に就任。

 1998年、3人の念仏者の誕生に続けてご縁をいただく。

 1999年8月、新形式の法要「蓮如さん祭り」を若い念仏者たちと一緒に企画、挙行する。

 2000年10月、真宗大谷派機関紙「同朋新聞」に拙文「道、白き・・・」が掲載される。

 同年12月、名古屋別院人生講座に出講。その要旨が再びのいのち」と題して「なごやごぼう」2月号に掲載される。

 2002年、高田教区教化委員、同監事に就任。

 2004年9月、新潟県中学校長会「会報」誌に拙文「子供から願われている大人として、今」が掲載される。

 2005年、高田教区教化委員再任。

 2008年12月、「明悠会研修会に参加して」を発表。

 2011年1月、『三尺の童子を拝す』−大谷婦人会機関紙「花すみれ」所載の住職のエッセイ−を発表。

家族は、

 昌 (養母、第十九世坊守、法名・釈尼能昌、大正9年生) 

 久美子 (妻、第20世坊守、法名・釈尼久美、昭和25年生) 

 玲子 (長女、法名・釈尼微玲、昭和50年生)

 純子 (2女、法名・釈尼宗純、昭和51年生)

 信 (長男、法名・釈栄信、昭和61年生・大学院生)

 由子 (3女、平成元年生・大学生)の7人。

  趣味は、サイクルスポーツ(ロード)←『サイクルスポーツ』誌2005.9の記事はこちらから。大学時代はサイクリングクラブ、途中ブランクがあって40歳より、トライアスロン、ロードレースを始め、現在はロードのみ。